渋谷すばる君が盲目で大好きなすばる信者。渋谷すばる至上主義。
追憶
2008年02月27日 (水) | 編集 |
あの人に会いたいけど、会いたくない。


あの人に会いたいけど、会っちゃだめ。




私の記憶。



一年たった今、何がかわったのだろうか。



しんどい気持ちは吐き出せば消えるのですか?


誰かが私と一緒にしんどくなってくれたら、
私は楽になりますか?


だけど、それが私の友達だったら嫌だな…。























まだたった一年しかたっていない。


こんなにしんどかったのに、まだ一年しかたっていなかった。



あと私は何年こんな日々をすごしたらいいのだろうか。


あと私は何年意味もわからず、ここにいればいいのだろうか。




それなのに私はいまだに実感がない。

これっておかしいってことなのかな?


だけど、怖い。
すっごく怖い。



いまだに死んだって、
もう会えないんだよって、
あなたにはお母さんがいないのっていう実感がまったくない。














私はお母さんをちゃんと見おくっていない。





意識があるのかないのかもわからない。
ただひたすら見ているのも怖くなるほど苦しそうにしている姿。








未だに思い出すのは、
夢にみるのは最後の姿。


苦しんで。
苦しそうで。
苦しんでいるその姿。






死ぬために生きているの?





ドームの余韻にひたって感想を書こうとしていると、
病院から電話がかかってきた。

病院に行くのを私は一人ためらい、
父だけ行き、
私は家に残った。




だけどとりあえず行ってみようと不安なまま
勇気をもって病院に一人でむかった。


病室には怖くてはいれなかった。
お父さんが病室の前に座ってたから。



弟が来るまでは入らないと頑なに動かなかった。
弟がかけつけ、弟と一緒に病室に入った。




昨日メールが来たのに。
昨日、ハンコ買いやってメールが来たのに。



病室ではお母さんがとにかく苦しんでた。


涙がとまらなく、夜だったので私はへんな部屋にいれられた。


お父さんは苦しんでなければそれでいいと言った。


これ以上苦しんでいる姿は見たくないと言った。





私は苦しんでいてもいいから生き続けてほしいと願った。







だんだん荒い息がゆっくりになっていった。



それでも私はお母さんやから死なないと決めてた。
私が死なないと思っているんやから、死ぬはずがない、
目を覚ますと、ただそう思っていた。






おばちゃんが
「愛ちゃん、ゆうたも
お母さんの手をにぎってやり。」
と私の手をつかんで、自分もお母さんの手をにぎりながら泣いてた。



弟も泣きながらにぎった。


私は拒否した。



にぎったら、本当に死んでしまうと、そう思ったから
私は拒否した。

「嫌や、離して!
いや、やめて!!!」
ってひたすら拒否した。




医者や看護士さんがあわただしくする中、
癌から脳梗塞で体が動かないお母さんが手を強くにぎってると言う。


愛ちゃんもにぎったあげて。
お願いやから。


おばちゃんが泣きながら、お母さんの手をさしだそうとしていた。
弟が泣いてた。
嫌。
嫌。
嫌や、やめて。




それしか言えなかった。



お母さんは絶対死なない。


それなのになんでそんなことをさせるの?



私だけが、手をにぎらないまま、
お母さんは死んでった。
最後は本当に強くにぎってくれたと言ってたけど、
私にはわからない。



心臓マッサージはしない。
したら生き返るかもしれないのに。

「なんでしてくれへんの?」
病院で叫んだ。


だけどみんなの意思でしてくれなかった。










夢かと思った。






お通夜までずっとずっとお母さんの傍にいた。
ただひたすら生き返れと祈りながら、ずっといた。



同じ年のいとこがずっとずっと傍にいてくれた。
だから私は頑張って、自然にしようと努力した。

はきそうだから、一人にしてほしかった。







お母さん。
お母さん。



このまま遺体のままでいいから、傍にいて。



遺体をもって逃げたかった。



ほっといてほしかった。









どうやって死のうか考えた。


今、死んだらお母さんに会えるかなと思った。





だけど、どこかで冷静に身内には知らせないとと思い、
親友に連絡した。

泣きそうになりながら、
「お母さんにも伝えて」
と言った。






お通夜。
お通夜は生き返るための猶予と聞いていたので
親父とと弟と
「生き返らんかなぁ〜」ってずっと話してた。




お母さんの方の親戚は大好きやけど、
親父の方の親戚は大嫌いだったので、
ひたすら話かけてくるのをすべてシカトした。

私もお母さんも親父の方の親戚が嫌いやった。





お通夜。
泣いて泣いて泣いて。
生き返ってと思ったけど、生きかえらなかった。




お通夜がおわって深夜バイト先の人が来てくれた。
「愛、大丈夫か?」
って言って酔っ払ってボロボロの親父を心配してくれてた。
深夜まで働いてるのにわざわざ来てくれたことが嬉しかった。

「愛も心配やけど、お前の親父さんのが心配やな〜」って言ってくれた。





お葬式。
身内が全員来てくれた。
大勢の人の中から身内だけが若かったから目立ってた。


普段は全く絶対、うまく揃ったり集まったりすることのない身内が
全員来た。
一人は東京から来てくれた。

一緒にお母さんをおくってくれる。

こんな友達ができたのもお母さん同士が仲良くしてたから。
お母さんのおかげ。
お母さんのおかげでじ10年以上たった今でも、
こんなに素敵な友達がいるってそう思いました。


身内は大嫌いな親父の方の親戚から
私を守るように傍にいてくれました。



身内は絶対の友達。



一際泣いている身内達の姿を見つけたとき、
私は涙がとまらなくなった。





みんながお母さんのことについて話している。

















献花。

立てなかった。




嫌。
嫌や。
お母さん嫌や。
初めて、実感が沸いた気がする。



嫌。
嫌や。
目、あけて。嫌。嫌やねん。


親父に脇を抱きかかえられ、
捕まえられた。


今でも絶対忘れない。
「愛ちゃん。最後ぐらいちゃんとしないと
みおくってあげないと、お母さん安心して天国にいけないでしょ!!!」
泣きながら言われた。
「ちゃんとしなさい!!」

おばちゃんだって自分の妹だから、苦しくて仕方なかったのに、
そん時はそんなこと考える余裕がなかった。

おばちゃんは、お母さんのこと、
本当に大切だったんだね。


それでも棺おけの中のお母さんにしがみつこうとすると
引き離されみんなに押さえられた。

嫌やって泣き叫んでも
泣き叫んでも離してくれない。

このままじゃ、お母さんがいなくなる。


嫌や。一緒にいく。離して。
一緒に私も死にたい。
嫌や。
嫌や。
お母さん。

離して…

お母さん。

ここから私はほとんど意識がない。
離せというのに離さない親父にかかえられ、
いとこに支えられ、
お母さんと引き離された。


みおくれなかったまま、
火葬場に行き、そのまま骨になった。


私は最後の最後までみおくれなかった。

みおくることができなかったの。



気がつけば、骨になってた。


だから私はこれがなんだか分からなかったし、
骨がお母さんだとはとても思うことができなかった。




実感もわかないまま、お別れもできず、
一年が過ぎてしまったんだね。





ゴメン。






一年たった今、一人で一周忌。




それなのに、
なぜか27日に支店の大切な人がなくなり、
私はなぜだかこの日にお通夜に参加しないといけない。


お母さんのことだけ考えたかったのに…。









今でもお母さんに会えるなら、一緒のところへ行きたいと思う。


それは私の勝手だから人から何も言われたくないとも思う。



だって、ここにはお母さんがいないから。


寂しいから。





どうして私だけが今、生きているの。


私はなんで生きているの。




私が生きている意味はあるのだろうか。




すばる。
すばるになら、なぜだか、こんなことさえも文字にして話せたよ。




すばるに会いたくなる。


だから会いたくなくなる。




会ったらまた、泣いてしまうことしかできないから。


そんなのすばるクンに失礼。




しんどいとき、つらいとき、会いたくなるけど、会いたくない。






あさっては身内と一緒に一周忌をしてもらおう。








明日からまた強い私でいたい。







人の目ばかりを気にして悲しいときも泪見せない。




それでも私は生きている。


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2008/02/27(Wed) 09:56 |   |  #[ 編集]
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2008/02/28(Thu) 21:14 |   |  #[ 編集]
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