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幸せになりたい
結局、普通に24時間TVを見ています。




出演者うんぬんよりも内容を見て、固まってしまいました。
こういう見方が本来の見方やね。


内容がずっしりきます。




あまりにも自分に近い内容やったので、
もうめっちゃ泣きました。


以下反転。



最近自分で自分がわかりません。


自分で自分が分からないのに、
案外友達やったり、知人やったりは
自分のことを分かっていたりします。

不思議やなぁと思います。



かっこつけるんではなく、
素直に、思ったことをストレートに言えば自分をありのまま見せれば
友達はできるんやってゆりあちゃんのママが言っていました。


私もそう思っていきていきました。



最近、それがうまくできません。

言いたいこと、思っていること、
伝えたいこと。
それを出してしまうのが怖くなってきて、
踏みとどまることを覚えてしまったの。


最近は相手が思ったことを話してくれなくなったと
思うことが増えすぎてて、
自分だけ見せてしまうのが不公平に思ってしまった。

これを言ったら傷つけるってことが分かっていて、
今までならそれは正しいことやと思ってたけど、
正しくないと言われてしまったら、
できなくなってきた。

できなくなってしまったら、そのまま進んでた。



それがいいことじゃない。
って私は周りにいるお友達に言われつづけました。

私が私じゃなくなっていくような気がします。


今まで、それが正しいと思って、
そこで傷ついたりするのは自分で
でもそうやって向き合ってくことしか私にはできなかったから。

だけど、それをすることが相手を想っているってことじゃない。
って。

愛香ちゃんは青春を自分でやろうとするやろって。
あの夕日にむかって走ろう!!
それは見て感動したりするものやのに、
愛香ちゃんの場合が自分が周りをも一緒に夕日にむかって走っていこうとする。

相手に100%求めすぎ。

思ったことを全て話すのがいいことだとは思わない。
ぶつかってぶつかりあって何かを乗り越えるってことが友達の基準やと
思っているようやけど、そうじゃないって。


そうできない人間がいる。
そうできない人間の方が多い。


それが優しさではない。




ずっとずっといい続けられました。




些細なことでも私が知りたいから聞きたいから、私は話していただけ。

もやもやしたままなんて、そんなの友達じゃないから、
だから傷つけると分かってても、
自分が悪い人になろうとも言ってしまいます。



それは迷惑なこと。
必要のないこと。


どうしてこんなんになっちゃったんだろうと、
少し悲しくなりました。



自分が傷つけられたら、相手に見切りをつける。
傷ついても、友達なら好きなら、
それでもいいと頑張ったらいいとそう思うものだと当たり前に思っていました。

だって、今まで拒否をされても、
傷ついてしまって、近づくことさえ怖くなっても、
それでもたとえ泣きべそをかきながらでも、
一生懸命思ったことを伝えたら、
相手には伝わったんです。


そして相手も好きになってくれました。





今の世の中は、私みたいな人間がおかしいのかもと思いました。






私は自分が好きじゃないんです。
自己主張をするけど、自分が好きだとは思えない。

自分が好きになれる生き方をうまくできないから。
しないから。

たいていの人間は自分が好きです。

たいていの人間はもしも私が生まれかわったらまた私に生まれたい。

そう思っているんだと思います。


なんで、そこまで自分を大切に思えるのか不思議でたまらないと思ったりします。










私のお墓の前で泣かないで下さい。
そこに私はいません。




9月27日すばるに会った日以来、
その報告をして以来、私は母の位牌があいてある部屋にはいっていません。
生まれた時から
赤ちゃんのころ、覚えてないけど、
幼稚園のころ、
小学生のころ、
体が弱くて入院ばっかりしていたころ、
中学生のころ、
すばるをすきになりはじめたころ、
母の病気がわかったころ、
高校のころ、
辛くてしかたなかったころ、
大学のころ。


いつだっていつだって私には母が一緒にいることが当たり前やったのに。


欲しいものは…。
絶対的なもの。
ただ、それだけ。


人を100%信頼して100%のものを求めていくことが
そんなにいけないことですか?





ブザービートをみてリコちゃんが泣きながらお母さんに
電話している姿をみて、
どうしようもなく苛立ちました。
自分自身がかわいそうやと思いました。


大切な人をなくした人が、私と同じように話すのをみて、
いやいや、あんたにはお母さんおるやろ。と思ってしまいました。


疲れて実家に帰って、帰る場所があること、
待っててくれる場所があること。
うらやましくてうらやましくてどうしようもありません。



S子の結婚式のとき、
私はが結婚できたら、そんときに、
親への挨拶のとき、私は誰にありがとうって言えばいいの?
ビールとか親御さんがついでまわるけど、
私は誰がしてくれるの?


って言いました。




友達は友達がしてくれると言ってくれました。
びっくりしました。

嬉しかったです。
とっても素直なストレートなその言葉が嬉しかったです。

結構身内をふくめ友人達が母親がわりといいますか、
そういうふうにならないとと思うと話してくれたことを思い出しました。


嬉しかったです。
どうしようもなく。


だけど「それは無理なことやろ」
おかあさんほど、分かってくれてたり、
何も言わず見ていてくれてたり、
どんなに生きれないって思ったときも一緒にいてくれたり、
そういう絶対に壊れない心から安心できる大切な人。

それに代わりなんてないから。


ストレートな言葉以外、遠まわしやったり、見えないものやったり、
それが人に伝わるとは到底思えないし、
それで伝わると思うことはその人のエゴやと
私は思ってきました。



ただ、最近はストレートにありのままぶつかられた記憶もありません。
私がそうしないからなのだろうかと、そう思います。




こうやってブログにしか書けなかったり、
すばるを通して言葉をもつ人間をどかかで見下していたのに、
最近の私はなんですかって感じです。



私はやはり、なんでも思ったことを言ってくれたり、
聞いてもいないのに、話してくれたり、
そういうものを持っている人ではないと、
一緒にはいれないんだと思いました。



弱ってしまった時、
立ち上がれなくなったとき、
すばるの言葉をかりたり、
すばるの強さに力をかしてもらう生き方にすごく嫌悪を感じます。


私はしんどくなってしまったとき、周りに甘えます。
そして、そんな自分だけは誇らしく思っていました。
それが友達がいがあることとさえ、思ってきました。

一人で抱え込むなんて、周りに人がいる意味ないやんか。
そんなんやったら、一人でいたらいいやんか。
と思ってしまう人です、私は。




でもそれさえも実は迷惑なんじゃないかと思い始めてきて、
積もり積もります。




母のこともだいぶまともに受け止められるようになった。




痛いけど、変わらないように、
これからも包み隠さずストレートにできる自分でいたかった。


でも時にはそれがいいことじゃないってことも分かった。





ちょっと道に迷いました。




頑張ります!





24時間TVにめっちゃ影響されてます。




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